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2012年 03月 11日

”本当の復興支援はこれから”-東日本大震災から1年

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写真:高知・桂浜 海津見神社周辺から見た土佐湾(太平洋)



東日本大震災から1年―
改めて、亡くなられた方々へ哀悼の意を表すとともに
被災されたすべての皆様にお見舞い申し上げます。




1年前の今日、テレビからすさまじい惨状が映し出され、その映像をみて私は思わず絶句した。
まるで映画でも見ているような悲惨な状況が、現実に起こっている!
・・・ショックを受けたあの時を今でも憶えています。

そして、1年後の今日
地震が起きた午後2時46分、私も黙祷・合掌しました。



今日は朝から震災関連の番組が放送され、色々見た番組で印象に残った話をします。


『帰りたくても帰れない故郷』

東北・原発放射能被害で立ち入り禁止区域になった福島県浪江町。
ここで鮨店を経営されていた方の話。
鮨職人になって45年。
震災が起こる以前に、お客さんが100人程入れる店にするため
前にあった店から街の中心部へと移転したそうです。
その時、この店の開店資金の為に1億円借入れしたそうです。

その開店を機に他の場所で住んでいた同じ鮨職人の息子さん2人を呼び戻し、親子で店を経営。
息子さん達と一緒に鮨屋をやることが夢だったご主人は
自分の夢が叶い、さあこれから!
という時に震災に遭い、大事な店も失ってしまい
借入れしていた分の返済も、まだ7000万円残っている状態だったそうです。

息子さん夫婦にはまだ小さな子供もいて
これから先の子供の為を考え、帰ってきた故郷をまた後にすることとなってしまいました。

店を失い、鮨も握れず、また浪江の町に戻ってきた息子さん達との別れ・・・
追記-ご主人は現在、仮設住宅に入居し貯金を切り崩しての生活。
苦悩の日々が続いている状態でもご主人は
「どうしても鮨職を辞めたくない、鮨職人は鮨しかできない。新たに店を出したいと思っている。」
「でも、店を出すのは浪江町ではなく、関東方面で出したい。」と。
私は・・・もし自分もこのご主人と同じ状況・同じ立場で1年後、ここまで考えられるのだろか・・・?
ここまでしっかりと前向きになれるのだろうか・・・?
と。
この話を聞いて、ある意味でいろいろと考えさせられました。
自分ならどうする?と。

それと同時にこの鮨屋のご主人へ、これからも挫けず頑張って欲しいと願うばかりでした。

この話の後も
番組で浪江町の住民の方にアンケートを行った結果のことが話されました。
戻りたい・・・・・5%
放射能低下と生活基盤が整えば戻りたい・・・・・58%

大半の方が”家族揃って全員で浪江町に戻りたい”というのが、このアンケート調査からも伺えました。
今だ将来の見通しが立たない、問題解決のスピードが遅すぎる、戻りたい人も戻れなくなる
という声も多く聞かれました。

追記-店や会社を再建したいけれど再建できない。
仕事をしたいけれど仕事がない。
家を建てたいけれど建てれない。
家族全員で住みたいけれど住めない。
帰りたくても帰れない。。。故郷。
このようなとても辛い今の現状が一刻も早く改善し、以前の生活に戻れるようになって欲しいです。


阪神淡路大震災の時も同じく
この東日本大震災のことを風化させないよう
これから先もずっと伝え続けなければいけないと思います。

”本当の復興支援はこれから”

今一度、自分たちができることを考え直すことが必要だと思った
1年後の今日、3月11日でした。




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by yuruneko | 2012-03-11 18:55 | ごあいさつ


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